第27代住職 大八木正雄

住職閑話

人生の七草がゆ

昔から、正月の七日には七草がゆをいただく風習があります。年の初めに一年の無病息災を願ったり、また正月の食べ過ぎや飲み過ぎで疲れた胃腸を休めるためのものだと言われています。私には、正月ならば許されると調子に乗ってお酒を酌み交わした付けを払う風習と言ったほうがしっくりくるようです。口にしてみると、淡泊で決して美味しいものではないので、なおのこと体に良いと感じるのです。

食事やお酒だけでなく、私たちは、気づかぬうちに食べ過ぎているように思います。情報を食べ、言葉を食べ、期待を食べ、他人の評価を食べる。もっと知りたい、もっと認められたい、置いていかれたくない。便利で刺激的なものほど、腹八分を越えても箸を止めない。そして、いつの間にか心の胃もたれを起こしている。現代人の辛い一面のように思います。

しかもそんなとき、「もっと元気が出るように」とか、「もっと前向きになろう」として栄養ドリンクを飲んでしまう。一旦お箸を置くことができない、現代病と言えるかもしれません。七草がゆの風習は、一旦お箸を置くことを教えてくれています。これは癒やしの風習とも言えるでしょう。癒やしとは、「足すこと」ではなく、「減らすこと」だという事実でした。

『無量寿経』という経典「小欲知足」という言葉が出てきます。「欲を少なくし、足ることを知る」と言う意味です。この言葉は菩薩様の修行の様子を示した言葉ですので、倦くことのない欲望の中で生きている私たちが本気で実践することは、かなり難しい事ではありましょう。しかし、たまには菩薩様の爪の垢の一つでも煎じて飲んでみることも、人生を正しく生きる一助であろうと思います。

人生には、時に七草がゆが必要でしょう。歩みを止めて振り返ってみる。求めるのを止めて手放してみる。そうした経験が、人を癒やし、立て直してゆくと思うのです。

ちなみに七草とは、「せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ」。どれも、主役にはなりませんが、無くてはならない草たちです。