第27代住職 大八木正雄

住職閑話

半径5メートルの壁

「半径五メートルの世界」と聞くと、何を思い浮かべますか。
朝、家を出たときに感じる空気の匂い。すれ違う人との軽い会釈。道端の草花からふと気づく季節の移ろい。「最近どうですか」と交わす短い言葉。コンビニで店員さんに添える一言の「ありがとう」。どれも小さく、見過ごしてしまいそうな出来事ばかりですが、実はこうした何気ない出来事こそが、私たちの日々の喜びや安心を形づくっています。

ところが、「半径五メートルの世界」という言葉は、世の中の問題には関わらない、大きな不正や不条理には目をつぶる、自分の身の回りさえ良ければいい、という態度を指していて批判的に使われることもあります。むしろこちらが一般的かもしれません。その結果として、挨拶が減ったり、花火や花見などでのゴミのポイ捨てといった現象が生まれているように思います。

ここで言う五メートルとは、実際の距離というよりも、自分の言葉や行動が誰かに届き、その反応が自分に返ってくる距離を象徴した数字です。その範囲の中で起こる出来事こそが、その人の喜びや苦しみと深く結びついています。

しかし、能登半島地震に象徴されるような大きな災害が起こると、私たちは半径五メートルを超えて動き出します。ボランティアに参加したり、義援金を送ったり、何かできないかと考える人が多くいます。見知らぬ人の苦しみや悲しみを自分のこととして受け止め、少しでも役に立ちたいと思う。それは、私たちが人と共感し、思いやり、助け合って生きることの大切さを、どこかで知っているからでしょう。

けれども日々の暮らしの中では、それはなかなか実現しづらいものです。いつの間にか、共感や思いやり、助け合いを「半径五メートル」の中に押し込めてしまいます。その範囲なら無駄にならない、損にならないと、どこかで思っているのでしょう。
では、その「半径五メートルの壁」を壊すものは何でしょうか。それは、損得から離れること!
言うのは簡単ですが、なかなかできません。それでも、「皆のために」と日常の小さな選択をしてみませんか。そのとき、五メートルの壁は、気づかぬうちに静かに崩れていくのかもしれません。