第27代住職 大八木正雄

住職閑話

「私はこの物語の悪役だったのだ」 アニメ「チ。」より

長編アニメ「チ。」を見ました。不思議なタイトル「チ。」は、「知」、「血」、そして「地球」を示しているとのことです。そのストーリーは、地動説が徐々に受け入れられ始めた16世紀のヨーロッパを舞台に、天動説を信じるカトリック教会が思想統制と異端狩りに奔走する混乱を描いています。教会は地動説を「異端」とし、その思想を持つ者たちを厳しく処罰(処刑)しました。

命懸けで地動説を伝えようとした人々が主人公ですが、もう一人の主人公は異端審問官ノヴァクだと思いました。異端審問官とは、異端者(地動説を信じる人)を見つけ出し、処刑することがその主な任務でした。物語の中で悪役として描かれているノヴァクですが、本人は「異端を処罰することが正義であり、世の中の秩序を守る手段」と信じ、多くの異端者たちを裁き、殺害してきました。そのノヴァクには唯一の肉親、愛娘ヨレンタがいました。ところがヨレンタは地動説の思想に共感し、秘密裏に支持者となります。やがて彼女は教会に捕らえられ、処刑されてしまいました。

この悲劇をきっかけに、ノヴァクの信念は大きく揺らぎ始めます。物語の終盤、異端者たちとの対立でノヴァクは殺害されるのですが、その死の間際、神の啓示によって「私はこの物語の悪役だったのだ」と気づくのです。それは、自分の信じてきた正義が、実は人々の「知」を奪い、多くの命を葬ってきたことを認める言葉でした。

自分の信念を「正しい」として「間違い」を否定し続けた自身の人生が、実は「間違い」であったと気づく瞬間。ノヴァクのこだわりからの解放と救済の瞬間でもありました。

私は、この物語の主題が、この「こだわりからの解放と救済」にあると感じました。私達は多くの場合、自分の生き方に対して、大きな間違いは犯していないと思っています。まして、信念を持って生きている人はなおさらです。ところが、それが大きな落とし穴になると、この物語は言うのです。 信念というものは、ときに他の考えを排除しようとします。「私は間違っていない。あなたが間違っているのだ」と。

ほとんどの「争い」は、ここから始まるのではないでしょうか。「私はこの物語の悪役だったのだ」と気づいた者には、慚愧(ざんぎ)のこころがおこり、相手を受け入れる視野が生まれます。

真の豊かな人生とは、この視野が生まれた所に恵まれるものだと思います。