第27代住職 大八木正雄
住職閑話
2023.10.17 『銀河鉄道の夜』宮沢賢治 ~さそりの話~
時間と空間を飛び越えたような不思議な感覚を覚える『銀河鉄道の夜』は、主人公ジョバンニ(中学生くらい?)が夢の中で、親友カンパネルラと銀河を走る汽車に乗って旅しながら、人生の目的を探すといった内容です。そのワンシーン。
銀河鉄道の車内、ジョパンニが車窓から紅く光る火を見つけると、親友カンパネルラはそれはサソリの火だと答えます。すると、たまたま隣に座った少女が父親から聞いた話を語り始めます。
「むかし一匹のサソリがいて、小さな虫なんかをたべて生きていたわ。ある日、イタチに見つかり食べられそうになったサソリは一生けん命逃げたの。逃げる途中、井戸に落ちたサソリは溺れ始めたのよ。そのとき、サソリは、『私はいままでどれだけの命をとったかわからない。そしていまイタチに追いかけられてとうとうこんなになってしまった。ああ、なんにもあてにならない。どうして私はわたしのからだを、だまってイタチにくれてやらなかったのだろう。そしたらイタチも一日生きのびたろうに。どうか神さま。こんなにむなしい私の心をごらんください。どうかこの次には、まことのみんなのさいわいのために私のからだをおつかいください』こう言ってお祈りしたの。そうしたらサソリは、自分のからだが、まっ赤な美しい火になって夜の闇を照らしているのを見たって」
そしてジョパンニは、「みんなの本当の幸いをさがそう」と、カンパネルラと誓うのです。この「みんなの本当の幸い」がこの物語の主題のように思えます。
私達は、○○を手に入れればきっと幸せになれると思い、それを手に入れようと努力します。そして念願が叶い幸せを手に入れたとしても、いつかそれは私の元を必ず去って行き、悲しみや苦しみを受け入れなければなりません。ですから、私達が願う○○は本当の幸いとは言えません。では、本当の幸いとは?
宮沢賢治は、既にその答えを用意していました。それは、「本当の幸い」の前に置かれた言葉「みんなの」です。つまり、「みんなの幸いを願う生き方が本当の幸いなのだ」と宮沢賢治は言いたかったと思うのです。
そうは言っても、みんなに幸いを願う生き方はそうそう簡単ではありません。しかし、自分だけの幸いだけではなくて、みんなの幸いを少しでも視野に入れている人生になれば、それはきっと豊かな人生となることでしょう。