第27代住職 大八木正雄
住職閑話
2024.04.02 虚像
さる3月21日、メジャーリーガー大谷翔平選手の通訳として有名な水原一平さんが違法賭博を行ったとして、所属のドジャーズを解雇されるというニュースが飛び込んできました。日本はもとより、世界中の人々が大変ショックを受けたのではないでしょうか。大谷選手がとても信頼する通訳として、時には友のようにもメディアに映し出された彼でしたから、多くの人が裏切られたと感じたことでしょう。みんなの心の中に描かれた水原一平さんのイメージが崩れた出来事でした。
「人間は、繭(まゆ)の中の蚕(かいこ)のようなものだ」と、ある経典に説かれています。蚕は、繭の中こそが全世界で、繭の外に広がる大きな世界があることを知りません。しかも、その繭は自分で作ったものですから自分の都合で出来ているのに、そこが本当の世界だと思い込んでいるのです。この譬えによると、人間が見ているものすべては、それが本当の姿ではなく、自分が作りだした壁に投影されている虚像を見ていることになります。もちろん虚像であることに気付きもせず、間違いなどないと疑いもせず。
私たちは、それぞれの心の壁に映る水原一平さんを見ているのです。たまたま多くの人の心にいい人と映った彼でしたので、社会的にもショッキングな出来事となりました。
さて、逆の場合もあります。時にわたし達は、あの人は悪い人だ、つまらない人間だと思ってしまうことがあります。これも同じように、そのままのあの人を見ているのではなく、私の心の壁に映し出されたあの人を見ているのです。
おそらくこちらの方が危ういことなのかも知れません。ある老僧がおっしゃいました。
「あいつはつまらんやつや、と言うが、その人が本当につまらん人間なのか、その人の良さを見つけられんお前がいるのか、よう考えてみ!」
虚像、私の心が描き出す迷いの世界です。そこに仏の大悲がそそがれています。
2024年4月